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植物ホルモンは人類を救う

分子生体触媒化学分野 教授

山口 信次郎

植物ホルモン研究は食糧危機を救う

 私は大学4年生のときに、植物ホルモンである「ジベレリン」を生物有機化学的に研究している研究室に配属されました。そこでの卒業研究以来、一貫して植物ホルモンの研究を行っています。現在の研究室のテーマは大きく3つに分けられます。ストリゴラクトン、ジベレリン、未知ホルモンです。

 ストリゴラクトンの研究は2005年ごろから始めました。と言っても、始めた当初は「未知の枝分かれ抑制ホルモン」の研究であり、研究を進めていくうちにその正体が既知物質である「ストリゴラクトン」であることがわかったのです。ストリゴラクトンが発見されたのは、今から50年以上も前のことでした。当時からアフリカをはじめとする多くの地域で、ストライガなどの根寄生植物が農業に甚大な被害を及ぼしていました。根寄生植物は発芽後、作物の根にくっついて養分や水分を奪って成長します。ストリゴラクトンは、ストライガ種子の発芽誘導物質として、作物の根の滲出液中から発見されました。(図)。なぜ寄生される側の植物が、自身にとって有害な根寄生植物の種子を発芽させるストリゴラクトンを分泌してしまうのかは長い間不明でした。その理由は2005年に明らかになりました。ストリゴラクトンは、植物のリンなどの養分吸収を助けるアーバスキュラー菌根菌との共生を活性化する役割をもっていることがわかったのです(図)。2008年、私たちは長らくその正体が不明であった「枝分かれ抑制ホルモン」がストリゴラクトンであることを発見しました(図)。その後、私たちはストリゴラクトンの生合成や受容機構の研究を進めてきました。ストリゴラクトンの生産は、リンなどの栄養が欠乏したときに劇的に増加します。ストリゴラクトンの二面的機能は、養分に応じて「成長(枝分かれ)」と「アーバスキュラー菌根菌との共生」を最適化するための巧妙な仕組みであると考えられます。これらの知見をもとに、根寄生植物に寄生されにくい作物やアーバスキュラー菌根菌との共生能が高まった作物、さらには農業上重要な「枝分かれ数」を効果的に調節する手法の開発を目指しています。

図. ストリゴラクトンの生理作用

 ジベレリンは種子発芽や茎葉の成長を促進するホルモンであり、日本人によって発見されました。20世紀半ばに人口爆発による地球規模の食糧危機が訪れました。その際に、風雨によって倒れにくいイネやコムギの半矮性品種(少しだけ草丈が低い品種)が、世界規模での劇的な収量増加に貢献しました。これは「緑の革命」と呼ばれています。その後の研究により、緑の革命に貢献した半矮性品種は、ジベレリン生合成能が低下した変異体やジベレリン反応性が低下した変異体であることが明らかになりました。これらの事実は、ジベレリンが人類の食糧危機を救った植物ホルモンであることを示しています。私たちはジベレリンの生合成と不活性化、およびそれらの制御機構の研究を行ってきました。現在は、茎(節間)が通常よりも長いイネの変異体の研究から明らかになった、ジベレリンの新しい不活性化機構の研究を進めています。また、イネには活性の強いジベレリンとやや弱いジベレリンが存在しており、それらの役割を明らかにしたいと考えています。

ジベレリンとストリゴラクトンの共通の特徴は化学構造が多様であることです。一つの植物種中で多くの類縁体が作られますし、植物種によって作られる類縁体の構造が異なっています。なぜ多様な分子種が作られるのか、その生物学的な意義を解明したいと考えています。

最近、ストリゴラクトンはアーバスキュラー菌根菌以外の微生物にも影響を与えることが報告されています。構造多様性はホルモンとしての働きよりも、生物間相互作用に関係しているのかもしれません。ジベレリンも生物間相互作用に関わっているのか?についてはまだよくわかっていません。

 基質が未知の酵素や、リガンドが未知の受容体が欠損した変異体の中には、興味深い表現型を示すものがあります。そのような変異体の解析から、植物には未同定のホルモン様物質が存在していると考えられます。私たちは、これらの未知ホルモンの同定にもチャレンジしています。

自分がやりたいことを見つけよう

 私はジャンケンに負けて第一志望の研究室には行けず、植物ホルモンを研究している研究室に配属されて卒業研究を行いました。第一志望ではありませんでしたが、実際に研究を始めてみると、植物ホルモンのパワーに驚かされ、実験はとても刺激的でした。例えば、ジベレリンを作ることができなくなると、植物は劇的に小さくなります(写真)。卒業研究では、ジベレリンの人工的なアナログを化学合成して、植物に与えて成長を調べる実験を行っていましたが、ナノグラムに満たないジベレリンをイネに投与すると、次の日には茎葉部の明らかな伸長促進が見られました。当時は植物ホルモンの生合成酵素はほとんどわかっておらず、受容体もまったくわかっていませんでした。これは面白い研究分野だと思い、そのまま修士課程に進むことにしました。修士に進むと植物ホルモンの作用機構を研究するには、生物有機化学のみでは不十分であるとの考えに至り、分子生物学や分子遺伝学の手法を習得するために他の研究室に行って勉強させてもらいました。就活もしました。悩みましたが、自分がやりたいことは「研究」であり、「研究が一番できるのは博士課程」であると考えて博士課程に進学しました。博士課程では、ジベレリンの研究で最も重要なことをやろうと思い、自分なりにいろいろ考えました。その結果、「ジベレリンに反応する遺伝子群の探索」を試みました。しかし、私の技術が未熟だったこともあり、1年間まったく成果が得られませんでした。テーマを変え、ジベレリン生合成酵素遺伝子の一つを同定することができ、学位を取得しました。理化学研究所やデューク大学(アメリカ)でのポスドク時代には、新しい技術を学びつつジベレリン生合成の研究を続けました。今思うと、ポスドクの頃は最も研究に没頭でき、貴重な時間だったなと思います。多くの友人と出会うこともできました。

写真. トマトのジベレリン欠損変異体(左)

 学生のみなさんは「大学院に行くか」「博士課程に進学するか」など進路に悩んでいる人も多いと思います。私がみなさんにお伝えしたいことは、まず、進路は自分で決めることであり、周りに影響されないで欲しいということです。研究が好きであれば、それを仕事にできれば一番です。自分が何をやりたいのか、自分の気持ちに正直になって将来の道を決めて欲しいです。よく日本の就職活動は「就社」(会社を選ぶ)であり、「就職」(職業を選ぶ)ではないと言われます。みなさんにはぜひ自分のやりたいことを職業にする、という夢を諦めないで欲しいと思います。

 私は研究においては総合力が試されていると思っています。専門的な知識や実験技術だけでなく、論理的思考力、コミュニケーション能力、プレゼンテーション能力、体力、語学力、判断力、情報収集能力、文章力、忍耐力などの総合的な力が求められます。だからこそ挑む価値のあるものだと思っています。これらの能力は他の職業でも必要な場合が多いですし、一生かけて磨いていきたいですね。

プロフィール

東京都生まれ。東京大学・農学部卒業。同大学院・農学生命科学研究科・応用生命化学専攻修士および博士課程修了。博士(農学)。理化学研究所、デューク大学(アメリカ)でポスドク。理化学研究所・植物科学研究センターで研究員、チームリーダーとして勤務。東北大学・生命科学研究科・教授を務めた後、2018年より現職。専門分野は植物生化学。趣味はスポーツ、音楽。